vol.667【経営コラム】日本の中小企業における賃上げの必要性

…物価上昇・新卒初任給アップの影響を踏まえて

(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司

近年、日本では物価上昇が続いており、それに伴い大企業を中心に賃上げの動きが加速しています。特に2024年の春闘では、大企業が5%を超える賃上げを実施し、新卒の初任給も相次いで引き上げられました。この流れの中で、中小企業も賃上げを行わなければ、人材の確保がますます難しくなることが予想されます。以下では、物価上昇の影響、大企業の賃上げと新卒初任給アップの現状、中小企業が賃上げを行うべき理由について解説します。

■1.物価上昇が続く中、実質賃金の確保が課題に

近年の日本経済では、物価の上昇が大きな問題となっています。総務省が発表する消費者物価指数(CPI)は、2023年に前年比+3.2%、2024年も+3%前後の上昇が見込まれています。特に、食料品やエネルギー価格の高騰が家計を圧迫しており、労働者の実質賃金(名目賃金から物価上昇を引いたもの)は減少傾向にあります。

こうした状況では、従業員が現在の給与のままでは生活水準を維持することが難しくなります。特に、もともと賃金水準が低めの中小企業に勤める労働者は、「より給与の高い企業への転職を検討する」可能性が高まります。そのため、企業が人材を確保し続けるためには、物価上昇に見合った賃上げが不可欠となります。

■2.大企業の賃上げと新卒初任給アップの影響

2024年の春闘では、大企業を中心に大幅な賃上げが行われました。例えば、トヨタ自動車は5%以上の賃上げを実施し、日立製作所やパナソニックなどの大手企業も同様の動きを見せています。

さらに、多くの企業が新卒初任給の引き上げを決定しました。
例えば、

  • 三菱UFJ銀行:初任給を25万円に引き上げ
  • 資生堂:初任給を30万円に大幅アップ
  • ソニーグループ:初任給を30万円に引き上げ

このように、大企業が賃上げを進めることで、労働市場全体の給与水準が引き上げられています。これは中小企業にとって大きな課題となります。なぜなら、新卒・中途を問わず、人材がより給与の高い大企業へ流れてしまうリスクがあるからです。

また、従来は「安定志向」で大企業に就職する傾向が強かった若年層の価値観も変化し、給与を重視して転職を決断する動きが強まっています。特に、IT・エンジニア職などでは、スキルのある人材が給与の高い企業へ流れる傾向が顕著になっています。

■3.中小企業も賃上げをしなければ人材確保が困難に

こうした状況の中で、中小企業が賃上げを行わなければ、優秀な人材の確保はますます難しくなります。その理由を以下の3点に分けて説明します。

1.人材不足が深刻化している

中小企業ではすでに慢性的な人材不足が続いています。少子高齢化が進み、特に若手労働力の確保が困難になっています。日本商工会議所の調査(2024年)によると、中小企業の約60%が「人材不足」を経営上の大きな課題として挙げています。こうした中、賃金の低い中小企業は「給与の高い企業へ転職したい」と考える従業員を引き留めることが難しくなります。結果として、人材が流出し、さらに業務が回らなくなる悪循環に陥る可能性があります。

2.「給与の低い会社には入りたくない」という意識の変化

近年の新卒採用市場では、「給与の高さ」が企業選びの重要なポイントになりつつあります。就職活動をする学生の間では、「給与の低い企業には将来性がない」という認識が広がっており、中小企業が優秀な学生を確保することがますます難しくなっています。
例えば、2023年のマイナビの調査では、「企業を選ぶ際に最も重視するポイント」として「給与・待遇の良さ」を挙げた学生が過去最高となりました。つまり、中小企業が賃金を引き上げない限り、優秀な新卒が集まらず、将来的な企業の競争力低下につながる可能性が高いのです。

3.物価上昇により「今の給与では生活が厳しい」と感じる人が増えている

物価上昇が続く中で、「現在の給与では生活が厳しい」と感じる労働者が増えています。特に、家賃や生活費の高騰が続く都市部では、給与の低い企業で働くことのリスクを強く感じる人が多くなっています。こうした状況では、企業が賃上げを行わなければ、従業員が転職を検討しやすくなります。特に、中小企業では「給与が上がらないなら辞めてしまおう」と考えるケースが増えるでしょう。

中小企業にとって賃上げはコスト負担ではありますが、今後の経営を考える上で避けて通れない課題です。政府の支援策や生産性向上を活用しながら、競争力を維持するための対策を講じることが求められています。厳しいですがこれが現実です。

田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)